双極性naoの「てにをは」

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「死者1名」の裏側~自動車横転事故からみえるもの~

みずたまなおです。

こんにちは。

 

今回は、交通事故についてのお話です。

どうぞ最後までお付き合いくださいませ。

 

【目 次】

 

交通事故に遭ったことはありますか?

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あなたは、これまでに交通事故に遭ったことはありますか?

「遭ったことがない」という方が多ければよいのですが、残念ながら、みんながみんなそういうわけではないのだと思います。

 

私たちが「交通事故」と聞いて、まず連想するのは、自動車やバイク、自転車や歩行者などによるものかもしれません。

これらは「道路交通事故」と総称されます。

しかし、交通事故には、こうしたものばかりではありません。

 

船舶による事故は、海上で発生するものは「海難事故」河川で発生するものは「水難事故」に別けられます。

また、航空機による事故は「航空事故」鉄道による事故は「鉄道事故」と呼ばれています。(交通事故 - Wikipedia)

 

今回は、私たちに最も身近な「道路交通事故」についてのお話です。

 

事故発生件数

公益財団法人 交通事故総合分析センターの調査によると、2016年の1年間に全国で発生した道路交通事故は49万9201件、前年の2015年と比較すると7.0%減少しています。

しかし、減少していると言っても、約6秒に1件の頻度で発生しています。

また、死者数は前年より213人減少の3904人となっており、1993年以降、減少の一途を辿っています。(交通事故発生状況 - 交通事故総合分析センター)

 

このデータを見て、多いと感じるか少ないと感じるかは、個々人によって異なるものだと思いますが、私は「非常に多い」と感じます。

 

交通事故の種類

ひと言で「道路交通事故」といっても、さまざまな種類があります。

大きく別けると、「人的要因」「車両的要因」「環境的要因」の3つがあります。

人的要因は、前方不注意やブレーキ・ハンドル等の誤操作、病気等による健康状態不良などがあります。

車両的要因は整備不良や状態不良が、環境的要因は降雪・降水によるスリップ、勾配や動物の飛び出し等があります。

 

氷山の一角と横転事故

 

ヒヤリハットと交通事故

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私は自動車を運転するのですが、ときどき「危ない!」と感じる場面に遭遇します。

交通安全を心がけて、最大限の安全運転をしているにもかかわらず、そのようなことがあるのです。

こうした、実際には事故に至らなくても、事故の危険性があるもの、通称「ヒヤリハット」と呼ばれるものは、実際の交通事故件数の何倍も発生しています。

一説によると、1件の交通事故が発生するのは氷山の一角で、その水面下には30もの「ヒヤリハット」が隠れているとも言われています。

 

私が危ない場面に遭遇するのは、ほとんど自動車の運転中で、いつも他の自動車によってもたらされます。

具体的には、無理な割り込み方向指示器の不点灯、信号停止中に後続車が減速せずに迫ってくる、などです。

幸い、こうしたことで事故になるようなことはありませんでしたが、事故になっていてもおかしくないものもあり、そのたびに交通ルールの遵守と安全運転の重要性を再認識させられています。

 

ある年の8月12日

私はかつて、車対車の交通事故に遭ったことがあります。

相手の車の一時不停止によるものです。

 

そこは、信号のない夜の交差点、私は優先道路(「止まれ」標識のない道路)を走行中でした。

交差点に差し掛かったとき、私の右側から1台の車が「止まれ」の標識を無視して交差点に突っ込んできました。

そして、出会い頭で相手の車の正面私の車の運転席側が衝突してしまいました。

 

相手の車は時速40kmほど、私の車も同じくらいの速度でした。

相手の車がスピードを落とさず私の車に突っ込んできたということもあり、運転席に衝突されたあと、私はハンドルを取られて数メートル蛇行し、運転席側が下になる形で横転してしまいました。

横転する瞬間はスローモーションになったのを今でもよく記憶しています。

 

しばらく何も考えられませんでした。

そして、いま自分に一体何が起きているのかもわかりませんでした。

かつて経験したことがないほどの動悸と、身震いをしていました。

「身の毛もよだつ」とはこのことなのか、と思いました。

 

夜の静かな道路に響いた衝突音は、ドカンともグシャとも言えない形容しがたいものがあったと、あとから聞きました。

運転席側から横転してしまったため、運転席にいた私は、アスファルトに近いところにいました。

運転席側の窓ガラスはヒビが入った程度で割れてはいませんでしたが、シートベルトだけで運転席で浮いている状態でした。

アスファルトとの距離、わずか数センチ。

 

音を聞いて、近所の人が集まってきて助手席側のドアから私を救出してくれました。

横転した私の車を見ると、「本当に私の車なのか」と思ってしまうほどの状態でした。

車の前方から運転席を見ると、運転席の窓の目と鼻の先に「縁石」の角があって、しばらく経ち冷静になって考えてみると、窓に縁石が衝突して頭を強く打っていたら、もしかしたら私は生きていなかったのではないだろうか、と感じてしまい、強い恐怖感を覚えました。

 

外傷がなかったのが不幸中の幸いで、警察の聴取を受けたあと、近所の人が読んでくれた救急車で救急病院に搬送されました。

いろいろな検査の結果、特に異常なし、点滴などを受けて帰宅しました。

事故の発生は21時50分現場から100mほど先にある自宅に戻ったのは、日付が変わって1時30分、8月13日になっていました。

 

当時、私は小売業の会社に勤めていて、お盆期間中は全て出勤でした。

ましてお盆は繁忙期、通常は8時始業のところ、事故の翌日は5時始業

繁忙期に仕事を休むわけにもいかず、何事もなかったかのように仕事をしていたのです。

 

余談ですが、休憩時間中あちこちから「昨日、事故があったようだけど、知ってる?」などと聞かれましたが、そのたびに「そうなんですか?知らないですね」と言っていました。

 

交通事故がもたらすもの

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交通事故には、「人的要因」「車両的要因」「環境的要因」の3つがありますが、それによってさまざまなところで被害を受けます。

それは、人身事故だけではなく、物損事故も含まれます。

例え物損事故でも、ある人が所有するものを壊してしまえば、当然、ものを壊された人が被害者となってしまいます。

 

また、自動車だけでなくバイクや自転車なども、いつ加害者になってもおかしくありません。

乗り物に乗っている時点で、被害者にも加害者にもなってしまう可能性があるのです。

 

間接的被害者

交通事故だけに限ったことではありませんが、直接的な被害者間接的な被害者の2つがあるのだと感じます。

直接的被害者は、車やバイク、自転車、歩行者などが直接被害を受ける場合です。

一方で間接的被害者は、交通事故によって身体への被害は受けていないもの、それによって被害を被ってしまう場合です。

先ほど例に挙げたように、物損事故でものを壊してしまったとき、ものを壊された人が被害者となるのは、間接的被害者にあたります。

 

私は、この他にも間接的被害者は多くいるのだと考えています。

 

被害者家族

もし、交通事故によって被害者が亡くなってしまったとき、被害者の家族には大きな被害が及びます。

もちろん、大切な家族の命が奪われたことによる精神面での被害は図りしれません。

亡くなった方が労働者であれば、経済的にも大きな負担を強いられます。

親を交通事故で亡くしてしまった生徒が、経済的な理由で進学できなくなってしまうということもあるのです。

 

<交通遺児育英会>

www.kotsuiji.com

 

加害者家族

被害者家族だけでなく、交通事故によって加害者家族にとっても大きな負担が強いられます。

 

交通事故によって、相手の命を奪ってしまったとき、事故を起こした本人は加害者になっても、その家族は加害者ではありません

むしろ、被害者になってしまうのではないでしょうか。

例えば、親が加害者になってしまった場合、子どもは何も悪くないのに「加害者の子ども」というだけで、学校でいじめや嫌がらせを受けることもあるかもしれません。

また、精神的苦痛から転居を余儀なくされることも考えられます。

 

間接的被害者には、加害者家族も含まれているのです。

 

被害者は一人ではない

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飲酒運転や危険運転に関する報道を見るたびに、私は当時の横転事故のことを思い出します。

 

例え、報道では「死者1名」としか伝えられなくても、その裏側にいる被害者家族、加害者家族などの、多くの被害者がいるということを決して忘れてはいけません

たったひとつの交通事故、単なる人対人の交通事故ではないのです。

もしかしたら、その事故は偶然起きたものかもしれません。

しかし、1つの交通事故には何十倍もの「ヒヤリハット」があることを考えると、その事故は半ば必然だったのかもしれません。

 

交通事故というものをゼロにすることはできません。

いつ、どこで、どのような形で交通事故に遭ってしまうのかはわかりません。

けれど、それを減らそうと努力し、実際に減らすことはできるはず。

 

加害者になるのは自動車だけではありません。

バイクや自転車でさえも、加害者になりうるのです。

 

自分自身の身を守るためだけでなく、大切な人を守るためにも、いま一度、ご自身の交通ルールを見直してみませんか?

「大切な人が同乗している」と考えると、少し気が引き締まりませんか?

 

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