双極性naoの「てにをは」

双極性障害のnaoが伝える、ことばの力と闘病の記録。

スポンサーリンク

「働きたくなくても働くこと」と「働きたくても働けないこと」

みずたまなおです。

こんにちは。

 

今回は、働くことについてのお話です。

どうぞ最後までお付き合いくださいませ。

 

【目 次】

 

発症して得るもの

f:id:nao_mizutama:20171205122950j:plain

私が精神疾患を患って、ちょうど5年が過ぎた。

いま思い返すと、非常に中身の濃い5年間だった。

 

 

「病気」というと悪いことばかりのイメージがある。

確かに、悪いことの方が圧倒的に多いけれど、案外そうでもないこともある。

それは、病気になっていなかったら決して知り得ないこと、例えば大切な気づきや考え、そして何より日常のありがたみだ。

 

 

「病気」というものは、本当にいろいろなことを教えてくれる。

ときに、生活基盤を揺るがすこともある。

そのたびに目の前が真っ暗になり、右往左往してしまう。

けれど、そのたびに自分自身というものを見つめ直し、手探りでも前に進もうとする力は「いくらか」身に付いたように思う。

 

 

それが私にとっての最善の道なのかはわからないけれど、さまざまな葛藤のなかで選び、進んできた道に悔いはない。

 

履歴書の空白期間

f:id:nao_mizutama:20171205122619j:plain

私は、新卒で入社した会社でうつ病を発症した。

その後、休職期間満了により退職、しばらくの療養・アルバイトで体調を安定させ、現在の会社に正社員として入社した。

 

 

面接時、私はクローズ就労(病名を隠して就職すること)をするはずだった。

しかし、結果的にオープン就労になっていた。

精神疾患に対する世間の理解は、まだまだ不十分で、「気持ちの問題」とか「甘え」などと言う人も、この社会にはいる。

クローズにしようと考えたのは、こうした考えを持つ人に傷つけられるような言葉を言われたり、同情、というか憐れみの目で見られたりしたくなかったからだ。

けれど、面接のときにオープンにしてしまった。

 

 

私の履歴書には、「空白期間」がある。

つまり、無職の期間があったということだ。

こうした空白期間があると、就職活動は圧倒的に不利になる。

そのため、多くの人はキャリアに傷がつくことを怖れている。

私もそのひとり。

しばらく空白だった期間を、資格取得に向けて勉強していた、というをでっち上げようとした。

しかし、その作戦もあっさり失敗し、あろうことかオープンにまでしてしまった。

 

 

そのことが、面接官の目にどのように映ったのかはわからないが、結果的に採用された。

いま思えば、あのとき正直に話していてよかったのだと思う。

もしあのとき、頑なにクローズにしていたら、面接官も不審に思い、採用もしてくれなかったのだろう。 

私が面接官の立場なら、おそらく採用しない。

 

 

やはり精神疾患のある人を雇うにはリスクがあって、その人がどんなに優秀で、どんなに華やかな経歴を持っていたとしても、採用するのは紙一重なところかもしれない。

そのため、大した経歴もない私のような人間を採用してくれたことに、とても感謝しているし、恩があるとも思っている。

やっとの思いで就職した会社だ。

 

 

しかし、藁をも掴む思いで就職しても所詮は藁、「再発」という形で私はすぐに沈んでしまった。

 

働けなくなって思うこと

f:id:nao_mizutama:20171205122800j:plain

働けなくなって、もう何ヵ月も経つ。

私の場合、過労によって再発してしまったのだけれど、働けなくなったいま、純粋に思うことは「働きたい」というということだ。

 

 

いくら療養の身でも、収入がなければ「無職」に近い。

これまで働いていた時間がスコンとなくなってしまうため、ついいろいろなことを考えてしまう。

いまでこそないが、に触れてしまうようなことを考えてしまうこともあった。

何年か前も同じようなことを感じたが、「働いていない」「収入がない」ということで、こんなにも後ろめたく、こんなにも心が貧しくなってしまうのか、ということを思い知らされるとともに、ひどく落胆し、寂しくもあった。

 

 

「働くこと」「収入を得ること」によって、生活だけでなく、精神までも安定させる作用があるように感じる。

働きすぎによって、精神的なバランスが崩れてしまった私でも、ふとしたときに思うのは「働きたい」というものだ。

休職前、くる日もくる日も朝早くから夜遅くまで働いていた。

運転中の車のなかで、何度も意識が飛んでしまいそうになったこともあった。

「ゆっくり休みたい」と心から思っていた。

私は、働きたくなくても働いていたのだ。

 

 

それがいまはどうか。

あのころとは反対に、働きたくても働けない

あのとき倒れるまで働いていて「休みたい」と思っていたにもかかわらず、だ。

 

 

体力が一日もたない。

副作用によって引き起こされる乗り物酔いのような強烈な吐き気と、頭を少し動かしただけで視界が上下左右に揺れ、足もとがおぼつかなくなってしまう。

主治医から診断書が出ているためどうしようもないけれど、口をついて出てくるのはやはり「働きたいな…」というものだ。

働きたくても働けないことがこんなにもつらいことだとは思わなかった。

 

 

いまの会社にがあると言ったけれど、正直、休職期間内に戻れる可能性は極めて低い

少なくとも、休職前のようには働けない。

ともすれば自ずと次の仕事を探すことになる。

どのような仕事をするのか、どのような雇用形態にするのか。

しばらく非正規で仕事をするのなら、その先はどうするのか。

そもそも、雇ってくれるところはあるのか。

そんなことをいまから考えていても仕方がないのに、知らず知らずのうちに考え、苦しくなってしまう。

 

 

働いていないことに対して、世間の風当たりはきつく、会社は空白期間があることで冷たい目を向けてくる。

たった一度でも、社会のレールを外れてしまえば、そこに戻ることはとても難しい。

でも、それだけが全てではないはずだ。

 

 

「働いていない」ということからも、多くのことを学んできたことは確かで、そうでなければ決して気づくことのできなかったこともある。

働けなくなった、いま思う。

「やっぱり働きたい」と。

 

 

最後までご覧いただきありがとうございます。

はてブ、読者登録していただけると喜びます。

Twitterもやっています。お気軽にどうぞ!

twitter.com