双極性naoの「てにをは」

双極性障害のnaoが伝える、ことばの力と闘病の記録。

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自分を大切にできない人に、他人を大切にできるはずはない。

みずたまなおです。

こんにちは。

 

今回は、「大切」についてのお話です。

どうぞ最後までお付き合いくださいませ。

 

【目 次】

 

はじめに

このタイトルは、私が小学校高学年のときにクラスメイトが言っていた言葉です。

当時、私はこの言葉を聞いて「何か、すごいことを言う人だな」と思ったくらいで、あまりピンと来ず、気にも留めていませんでした。

ただ、その言葉がなぜか忘れられず、あれから約20年経った今でも私の頭の片隅に残っています。

 

私は病気によっていろいろなものを失いました。

しかし、得るものも多くありました。

日々の忙しさから一転、自宅で療養するようになり自分自身と向き合っていく中で、この言葉について考えるようになったのです。

 

「大切」って?

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「大切」という言葉を聞いて、あなたはどのようなものを想像しますか?

また、「大切なもの」と聞いて、具体的に連想するものは何ですか?

この言葉から連想するものは、命や家族、友人、思い出、お金というように、複数のものが挙がるという方が多いのかもしれません。

 

大辞林第3版によると、次のように解説されています。

重要であるさま。肝要。大事。 「 -な点」 「 -な役目」

価値が高いさま。貴重。大事。 「 -な品」 「 -な命」 「 -な資源」

丁寧に扱うさま。大事。 「おからだを-になさって下さい」 「 -に使う」

 

冒頭に挙げた例は、全て②に該当します。

①③は「大切なこと」、②は「大切なもの」です。

さらに詳しく見れば、②は基本的に「目に見えるもの」、③は「目に見えないもの」だと言えるのではないでしょうか。

今回は、③についてのお話です。

 

他人を大切にすること

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他人を大切にするとは、一体どういうことなのでしょうか。

それはおそらく身体的なもの、精神的なものが考えられるのだと考えます。

もちろん、お金やそこから派生する物質的なものも考えられますが、今回は「目に見えないもの」のみを取り上げます。

 

また、ここで言う「他人」は、自分以外の人という意味で、血縁関係者や友人関係者も「他人」という括りで考えていきます。

 

身体的・精神的

他人を大切にするということは、案外すぐにイメージできるかもしれません。

身体的には暴力を振るわない、歩いているときなどに危険を回避させる、手助けをするといったことが考えられます。

一方、精神的な面で考えると、不快になるようなことを言わない、相談されたときに聞き役に徹することができる、困ったときに手を差し伸べられる、他人を労ることができる、他人を優先的に考えられる、というようなことが考えられます。

 

もちろん、人によっては「これは少し違うのでは?」とか「他にもこれがあるのでは?」ということがあるかもしれません。

それらは目に見えない分、一人ひとり少なからず違いがあるものだと思います。

 

自分→○○

これら全てにおいて言えることは、「自分」を起点に他人にベクトルが延びていて、「自分」の意思で何らかの行動をとっているということです。

そこにどのような目的や動機があろうとも、大切にしようとしている事実に変わりはありません。

それはきっと、相手にとって好意的に受け取られることが多いでしょう。

 

しかし、ここで気を付けたいことは、他人に重きを置くあまり「自分」というものをないがしろにしてしまうことです。

言い換えれば、自発的に「しよう」「やりたい」と自分の意思で行動に移すのではなく、半ば強制的に「すべき」「せねば」と自身の意思に反して行動することです。

つまり、義務感の上で行動してしまう、ということです。

 

周囲からは共通して「いい人」「親切な人」と映りますが、自分の意思で動くか、そうでないかによって自分自身の精神的影響が大きく異なります。

本来であれば、苦痛を感じることはなかなかありませんが、義務感に駆られて行動すれば苦痛を感じてしまうのです。

こうした行動を続けていると、精神的苦痛が少しずつ蓄積され、積もり積もれば精神面での「疲れ」から何らかの身体症状や精神症状が出てくることがあります。

「いい人」でいるあまり、生きづらさを感じてしまうことも少なくありません。

 

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自分を大切にすること

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自分を大切にすることは、「セルフケア」とも言い換えることができます。

もともと「セルフケア」という言葉は看護用語のようです。(セルフケア - Wikipedia)

こちらも身体的なものと精神的なものがあります。

 

身体的セルフケア

これは身体全体のことが言えます。

大きく、バランスの取れた食事、十分な睡眠の確保、適度な活動の3つがあります。

これらが充分にできることで、自然治癒力が高まるとされています。

このことから「身体的なセルフケア」は、上記3つが充足し健康である、ということが言えます。

 

精神的セルフケア

一方で「精神的なセルフケア」を一言でいうと、自分の気持ちに従うということです。

例えば、過労で充分な睡眠が確保できないとき、当然「眠たい」「休みたい」という気持ちが湧いてきます。

悲しいできごとがあったときには、当然「悲しい」「泣きたい」という気持ちが湧いてきます。

 

こうした感情になったとき、その気持ちを素直に表現できなければ、それは自分の気持ちに従うことができていない、ということになります。

そして、自身の感情に背くような行動を続けていけば、最終的に心と身体が悲鳴を上げたり、爆発して何かに当たってしまったりしてしまいます。

自分を犠牲にしてまで他人に接することや、何かに貢献することを続けていくと、知らず知らずのうちに自身にストレスを与え続けることになり、最悪の場合、うつ病などの精神疾患を患ってしまうのです。

 

しかしながら、いつも自分の気持ちばかりを優先していては、社会生活に支障が出ます。

法律やルール、マナーを守る、周りに迷惑をかけないといったことは、社会を構成する一員として必要最低限守る必要があります。

 

「会社の飲み会に参加したくない」というとき、毎回参加するのではなく2回に1回にする。

ダイエット中で、間食しないようにしているけれど、週に一度は間食を解禁する。

このように、ときには自分の感情に従ってみることで、ストレスを溜めないばかりではなく、心身の休息に充てることも可能なのです。

 

こうしたことは「精神的なセルフケア」と言えるでしょう。

 

「いい人」やめてみませんか?

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自分の気持ちに逆らい続ければ、いつか必ず反動がやってきます。

そして、それはストレスになってしまいます。

抑圧していた気持ちが限界に達するころには、うつ病などの精神疾患を患ったり、めまいや吐き気といった身体症状を伴ったりすることがあります。

そうなると、少なからず治療に時間がかかります。

 

「過ぎたるは猶及ばざるが如し」、過ぎた自己犠牲は、自己を犠牲にしてしまいます。

「しよう」「やりたい」ではなく、「すべき」「せねば」と感じるようになったら、一旦止まって自分の気持ちを優先してみませんか?

それは「やっている」のではなく、「やらされている」のではありませんか?

 

気持ちに余裕がなく、ストレスを感じながら生活していると、心身ともに疲れてしまいます。

そのような状態で他人を大切にしようと思えば、相手は「親切な人」と思うかもしれません。

けれど、自身は苦しい思いをするだけです。

 

ときには自分の気持ちを優先して考えてみませんか?

自分の中の「いい人」をやめてみませんか?

 

「セルフケア」ができていれば、自発的に何かをしようと思えます。

「しよう」「やりたい」という気持ちで他人に手を貸すことができれば、相手だけでなく、自分自身も嬉しくなります。

 

他人を大切にしようと思うなら、まず自分自身を大切にしてみる。

自分を大切にできない人に、他人を大切にできるはずがないのです。

 

「人のため」ではなく、「自分のため」に。

ときには自分のことを一番に考えてみませんか?

 

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