双極性naoの「てにをは」

双極性障害のnaoが伝える、ことばの力と闘病の記録。

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ケータイ解約で自由になれる気がした!私の軽躁エピソード

みずたまなおです。

こんにちは。

 

今回は、軽躁状態のときに携帯電話を解約したときのお話です。

どうぞ最後までお付き合いくださいませ。

 

【目 次】

 

 

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スマホ(ケータイゲーム)依存

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うつ病になって数ヵ月経った2012年の冬のこと、私はスマホのゲームにはまりました。

 

11月にうつ病と診断され、抗うつ薬を服用してあっさり躁転。

毎日のように長距離ドライブに明け暮れていました。

ところが、長く続くことはありませんでした。

うつ転です。

 

およそ2週間、ドライブしていたころの自分が嘘のように、ほとんど布団から起き上がれない状態の日々が続きました。

それから徐々に身体を起こして過ごせるようになり、外には出られないまでも、自宅の中では特段の支障もなく過ごすことができるようになりました。

 

「外に出ようかな」「いやいや、寒いから今日はやめておこう」と何時間もためらって、結局外出しないことが多くなっていました。

健康な人でも、寒い冬に外に出るのは勇気が必要ですよね。

私はその決断(外に出る・出ない)を何時間もかけなければできませんでした。

 

家の中で過ごすといっても、できることは限られます。

「ずっとテレビを観るのもな…」と思っていたところ、ひとつの選択肢が浮上するのです。

そうです、ケータイゲームです。

 

私は、ゲーム自体ほとんどしないのですが、スマホである野球ゲームをインストールして「ちょっとだけ」という感覚で遊んでみることにしました。

すると、何とおもしろいことか!

当時、一人暮らしだったため、ゲームをいつまでやってもいいという自由がありました。

課金型のゲームでしたが、もともと課金するつもりもありませんでした。

 

初日は1時間くらいだったプレイ時間も日を追うごとに増えていき、最終的には、毎日朝起きてから夜寝るまでの12時間以上はゲームをしていました。

食事もスマホをちらちらと見ながらです。

 

「ちょっと課金してみようかな」と思い、300円分を課金しました。

すると堰を切ったようにどんどんエスカレート。

頭ではいけないと思っていても、行動が抑えられません。

ついには、1回で8000円の課金を何度も繰り返すのでした。

目が覚めたのはもう少し先のことです。

 

そうして私は、ケータイゲームに依存していったのです。

 

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www.nao-mizutama.com

 

スマホをガラケーに変更

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ゲームに依存してから数ヵ月後の2013年の初夏。

ゲーム課金の請求で怖くなった私は、自分への戒めとしてスマホを、以前使用していたガラケーに戻すことにしました。

 

今まではまっていたゲームもできなくなる上、基本使用料も半額以下に抑えることができます。

一時期こそゲームにはまっていましたが、それ以外で使うものは電話とメールくらい。

私は迷うことなく販売店へ行き、スマホからガラケーへの機種変更をすることにしたのです。

 

スマホの普及率が現在ほど高くなかった当時、「スマホの月々の料金が高すぎる」(今も同じですが)ということで、スマホからガラケーに戻す人も多かったように思います。

なので、店員さんは驚くことなく手続きを済ませることができました。

 

ケータイ不携帯

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ガラケーに戻す前からの話ですが、休職中の私のケータイにはほとんど電話やメールが来ることはありませんでした。

それでも外出するときには、念のため持ち歩いていました。

携帯電話なのですから、携帯してナンボなのですが。

 

季節が秋へと変わった2013年10月、私はケータイを持ち歩くことをやめました。

当時は、歩いて10分くらいのところに図書館があったので、そこに通うことを日課としていました。

図書館に通い始めた当初は持ち歩いていたケータイも、全く鳴ることはありません。

 

そのため、ケータイのバッテリーの持ちもとても良く、充電は週1回で済みました。

スマホでゲームに明け暮れていたころは、充電しながらでもプレイしていたので、そのころと比べると大きな違いです。

 

「もう持ち歩く必要がないのではないか」と思い、ケータイを家に置いたまま図書館に通っていました。

帰宅して、もしメールが届いていればそのとき返信するし、不在着信があれば留守番電話のメッセージを聞いて、必要ならかけ直す。

休職中の身には急用などないのです。

 

 

今になって、よくよく考えれば相手にとってみれば迷惑な話です。

「ケータイもってます」と言っておきながら、いつも不携帯なのですから。

こうして私の携帯電話は、携帯されることなく固定電話化されました。

 

ケータイが手元にないことで、はじめのころは少し不安な気持ちがありました。

しかし、その気持ちはすぐに消え、とても楽な気持ちになりました。

どこの誰からも邪魔されない、自分は自由の身だ!フリーダム!!と。

 

休職前は、休日でも職場から何度も電話がかかってきていました。

どこに出掛けていても、電話が鳴るたび一気に休日気分が消え失せ、休日でも気分は休まらない状態でした。

それに比べて、ケータイを持ち歩かないということは、誰にも邪魔させず、いま目の前のことを楽しめるということなのです。

 

ケータイ解約

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ケータイ不携帯の状態で約10ヶ月過ごしました。

2014年8月のことです。

 

その前の月に、私は遠く離れた土地から地元に帰ってきました。

引っ越しを終えてからの1週間は、それまでの疲れが一気に襲ってきて、起き上がることもできませんでした。

うつ状態を抜けると、いつの間にかまた躁転。

 

ケータイの解約をすることに決めました。

なぜそうしたのかは、私自身あまり覚えていません。

ケータイ不携帯の期間10ヶ月を経て、自分なりに出した結論だったのでしょう。

 

販売店に行き、私が店員さんに話しかけました。

「ケータイを解約したいのですが」と伝えると、店員さんは「他社へのお乗り換えですか?」

私が「いいえ。」と言うと、店員さんがぎょっとした表情を見せ、まるで変人をみるような目で見てきました。

 

私の意思は固いのです。

「携帯電話そのものが私の中から消えてしまえば、もっと楽になるはずだ」

そして解約手続きを終え、意気揚々と帰宅しました。

 

しばらくして、躁状態が次第に落ち着いてきたころ、私はひどく後悔をするのです。

ケータイを解約すると、確かに電話やメールは来ません。

それはつまり、私からもできないということです。

 

私は枕に頭を押し付け悶絶しました。

 

それでも、そんな生活を4ヶ月続けました。

そして、2014年12月に販売店でケータイの新規契約をするのでした。

(同じ販売店だと恥ずかしいので、別のお店にしました)

 

結局のところ、ケータイを解約したことで自由は手に入りませんでした。

みなさん、解約の際はご注意ください。

(ないとは思いますが…。)

 

 

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