双極性naoの「てにをは」

双極性障害のnaoが伝える、ことばの力と闘病の記録。

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されど一歩~小さな一歩を確かな自信に~

みずたまなおです。

こんにちは。

 

今回は、小さな一歩についてのお話です。

どうぞ最後までお付き合いくださいませ。

 

【目 次】

 

遥かなる日々

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はじめに

昨日、散歩に行きました。

「それがどうした?」と言われるかもしれませんが、私にとっては真っ先に書きたいことなのです。

 

昨日、散歩に行きました。

それは、双極性障害を持つ私にとって、大きな一歩だったのです。

 

健康で何不自由なく生活している人にとってみれば「これっぽっちのこと」なのかもしれません。

でも、その「これっぽっちのこと」が、私にとっては大きな大きなことなのです。

 

散歩したい、けど…

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私は現在、休職しています。

気分の波はありつつも、体調は徐々に安定し始めています。

 

生活リズムを整えるため、毎日同じ時間に寝て、同じ時間に起きる。

そして、身支度を整えて同じ時間に家を出る。

こういった生活を、もう何ヵ月も続けています。

 

これは復職に向けて、ひとつのステップでもあります。

主治医は、これを模擬通勤と呼んでいます。

 

ブログの記事は出先で書いていて、帰宅するのはお昼ごろ。

昼食は自宅で食べます。

 

お昼過ぎになると、猛烈な睡魔が襲ってきます。

半目の状態でふらふらと布団のところまで行きます。

そして、吸い込まれるように眠るのです。

 

短いときで2時間くらい、長いときで4時間以上は眠ります。

時間に幅があるのは、きっと前日の睡眠の質が関係しているから。

もしくは、ブログの記事の作成に、魂もろとも吸い取られたからか。

どちらか、いや、両方のときもあります。

 

こうした生活を毎日続けていていると、必然的に午後からは自宅で過ごすことになります。

毎朝同じ時間にきちんと家を出られていることは、とても大きなことです。

一日中、布団に横たわって過ごしていた頃に比べれば、間違いなく回復しています。

 

模擬通勤をしはじめた頃は、「とても進歩した」という実感が私の中にありました。

「今日は外出できた」と、達成感もありました。

しかし、それが日常になることで、当初の達成感は薄れていきます。

今となっては、「毎朝同じ時間に家を出る」ということが、当然のことかのように感じるのです。

ときには、「行かないと!」という義務感のようなものを感じるときもあります。

 

ここ1ヶ月くらい、少しずつではありますが、午後に眠る時間が短くなってきています。

それでもまだ2時間程度。

ときに、昼寝をせずに過ごせる日があっても、翌日の午後には前日の反動で4時間くらいは眠ってしまいます。

「そんな生活を変えたいな」と、思ってはいるけれど、私の身体は睡眠を欲するのです。

 

あるときから「午後から散歩に行きたいな」と思うようになりました。

でも、ただ思うだけ。

そのように思うことは、意欲が出てきている証拠です。

「散歩に行こうか。いや、でもなぁ…」と、同じことをぐるぐると考えてしまうのです。

 

結局いつものように眠ってしまい、夕方、目が覚めると「今日も眠ってしまった」とか「今日も散歩に行けなかった」と、落胆するのが常。

意欲に身体がついていかない状態なのです。

 

外の空気と夕日

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昨日も同じく、「午後から散歩に行きたいな」と思っていました。

しかし、同じように「散歩に行こうか。でも…」とぐるぐると考えていました。

そうしている間に時間がどんどん過ぎて行きます。

 

身支度を整えて、玄関まで行き、靴を履く。

けれど、そこでなぜか躊躇してしまう。

頭の充電が切れたかのように、何も考えられなくなってしまいました。

そして、その場で座り込んで、動けなくなってしまったのです。

 

10分ほど経った頃でしょうか、ようやく立ち上がることができました。

頭の充電は20%くらい。

私は一度大きく深呼吸をして、玄関の扉を開けて外に出ました。

 

それだけで達成感がありました。

今までひと月くらい、毎日のように「散歩に行きたいな」と思いながらも、外にすら出られなかったのですから。

 

一度外に出てみれば、次の一歩が案外すんなりと出てきます。

そういえば、誰かが「ものごとは、はじめに一番エネルギーが必要だ」とか何とか言っていたっけ。

 

「音楽でも聴きながら歩こうかな」とも思いましたが、やめておきました。

 

ゆっくり歩いていると、普段気づくことのないことに気づきます。

それは家の中にいるときには気づかないことはもちろん、いつも移動中に見ているであろうさまざまなことに、改めて気づかされるのです。

 

道路を行き交う車の音、下校中の子供たちの声、お店ののぼりが風にはためく音。

顔や両手に触れる乾燥した空気、春とは違う秋のにおい、色づきはじめている葉っぱたち。

西に向かって歩けば、ひときわ眩しい夕日。

久しぶりに見る夕日は、思わず目をつむってしまうほど明るい。

 

そんなことを感じていると、余計なことを考える余地すら与えてくれません。

歩みを進めるたびに変化していく目の前の光景を、ただ、全身で感じるだけで精一杯なのです。

 

散歩から帰宅すると、大きな達成感が湧いてきました。

20分ほどの短い時間だったけれど、「外に出られた!」「やっと散歩できた!」という嬉しさもありました。

そして、少しだけ自信になったような気がします。

 

おわりに

昨日、散歩に行きました。

 

このことは、私にとって大きな一歩になりました。

健康な人から見れば「そんなことか」と思うかもしれません。

「たかが一歩」と思うかもしれません。

 

でも、長い間ずっとできずにいたことができるようになったときの喜びはひとしおです。

「たかが一歩、されど一歩」

続けることが何より大事。

これからも無理のない範囲で続けていこうと思います。

 

小さな一歩から得られる大きな達成感をちょっとずつ積み重ねて、私にとって、確かな自信に繋げていこう。

さあ、今日から11月。

先は明るいと信じて、今日も小さな一歩を踏み出します。

 

 

最後までご覧いただきありがとうございます。

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