双極性naoの「てにをは」

双極性障害のnaoが伝える、ことばの力と闘病の記録。

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ハロウィンの日に~友の仮装を想像しテキトーにあしらう私~

みずたまなおです。

こんにちは。

 

今回は、ハロウィンと友人のお話です。

どうぞ最後までお付き合いくださいませ。

 

【目 次】

   

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10月31日はハロウィン

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日本ではここ数年で一気にハロウィン文化が広まりました。

夜になると、全国各地の街中でハロウィンの仮装イベントが開催されています。

特に、東京・渋谷駅前の交差点では仮装をした人たちで溢れ返り、その様子がニュースで取り上げられています。

国内でのハロウィン市場は1億円を超し、その経済効果は決して侮れるものではありません。

 

もともとは秋の収穫を祝い、悪霊などを追い出す宗教的な意味合いのある行事でした。

しかし現代では、アメリカ合衆国を中心に民間行事として定着し、宗教的な意味合いはほとんどなくなっています。

そして、子供たちは魔女やお化けに仮装して、近くの家々を訪れてお菓子をもらう、という風習が浸透しているのです。

起源をたどれば、ケルト人(中央アジアからヨーロッパに移り住んだ、いち民族)が、発祥とされています。

ケルト人の1年の終わりは10月31日で、この夜は夏の終わりを意味し、冬の始まりでもあり、死者の霊が家族を訪ねてくると信じられていたようです。

<参考>ハロウィン - Wikipedia

 

日本でいえば、お盆とお彼岸と大晦日が同時にやってくるという感じでしょうか。

アメリカのような風習を日本でも取り入れている人は多いでしょう。

また、「ただ仮装を楽しむ」という人も多いでしょう。

 

「本来の趣旨をはき違えるのはおかしい!」なんてことは言いません。

周囲に迷惑にならない範囲でなら、楽しみたい人は存分に楽しめばいいと思います。

なにせ、ただでさえストレスが溜まるこの世の中、ときにはハメを外すことも大事ですよね。

(誰か、私にハメの外し方を教えてください…)

 

大切な友

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2004年のこの日、私は大切な友人を失いました。

友人も私も当時17歳、あまりにも早すぎる死でした。

こういう話は重い感じになってしまいがちですが、そうならないように努めます。

友人の性格もとても明るかったので、暗くなるのは望んでいないでしょう。

 

2004年10月31日 日曜日 21時10分、天気 雨。

前日からその友人は、家族でお兄さんが住んでいる新潟県へ行っていました。

9月に発生した「新潟中越地震」を心配して、家族総出でお兄さんのところに地震のお見舞いに訪れていたのです。

当日は土砂降りの雨。

自宅へ戻る高速道路上でスリップし、14歳だった妹さんとともに亡くなりました。

 

友人は私と同じ弓道部に所属していました。

週に1回、練習の途中にひょっこり顔を出して、小一時間練習をして「それじゃ!」と言って帰って行く。

それでいて、驚くほど上手いのです。

かたや私は、朝練も放課後練習も全て出て練習しているにもかかわらず…。

 

普段はあまり勉強をせず、私を含め、いろいろな人に油を売って回っていました。

それなのに、いつもテストでは高得点。

おそらく家ではたくさん勉強していたのだろうけど、人並み外れた要領のよさも持ち合わせていたのだろうと思います。

こういう生徒は、きっとどの学校にも一人はいたのではないのかな。

 

私はよく、英語や数学の小テストで基準点を下回り、再提出を求められることが多くありました。

放課後、友人はそんな私に「なお~、何しとる~?」と、私の近くの空いていた椅子を見つけ後ろ向きに座り、ヘラヘラ笑いながら声をかけてきます。

(いやいやいや、見れば分かるじゃん!)という気持ちを抑えて「小テスト。もう、うるさいなー。」と私は言うのです。

この「もう、うるさいなー。」という言葉を、私は友人に何回言ったのか、それは数えきれないほどです。

 

友人はアニメが大好きで、よく私に「○○というキャラクターが~」などと話しかけていましたが、二次元の世界に全然詳しくない私は「わからんわからん。」と言うしかありませんでした。

それでも、また別の日になると、友人は同じようなことを言ってくるのです。

そして私は、同じように「わからんわからん。」と言うのでした。

 

「アニメ好き」という以外は、本当に掴みどころのない不思議な人でした。

でも、とても思いやりのある優しい人でした。

 

時が流れて

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2004年以降、私は毎年10月31日の21時10分に外に出て、友人とその妹さんを思い黙祷を捧げています。

その後、空を見上げて、普段吸わないきついタバコを吸いながら。

「あっちでも元気で過ごしているかな」「見守ってくれているかな」と思いつつ。

 

最近では、10月31日のハロウィンに合わせて仮装をする人も多いです。

きっと友人なら喜んで仮装をすることでしょう。

「友人だったらどんな仮装をするのかな」「綾波レイかな?初音ミクかな?それとも…」などと想像してみます。

「わかったわかった。」と言う私の姿も併せて。

 

これまで、10月31日があのときと同じ日曜日だったこともありました。

あのときと同じ雨だったこともありました。

雨の日曜日だったこともありました。

 

2004年から13年が経ちました。

2017年10月31日 火曜日、天気は快晴。

今年は星が見えそうです。

私は星を見つけて、祈ります。

 

私は友人の家族ではないけれど、ケルト人のハロウィンの風習のように、死者の霊が家族の元を訪ねてくれたらいいのにな。

夏の終わりを意味し、冬の始まりでもあるこの日に。

 

 

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