双極性naoの「てにをは」

双極性障害のnaoが伝える、ことばの力と闘病の記録。

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歩くスピードを落としてみませんか?繰り返しの毎日に彩りを

みずたまなおです。

こんにちは。

 

今回は、歩くスピードについてのお話です。

どうぞ最後までお付き合いくださいませ。

 

【目 次】

 

 

上を向いて歩こう

上を向いて歩こう

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「歩く」という行為

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日常生活の中で移動するとき、何をするにも「歩く」という行動を伴います。

それは、家の中であろうと外出先であろうと同じです。

 

例えば、家の中で部屋から別の部屋へ行くとき、玄関まで行くときなど、歩いてその目的地まで移動します。

また例えば、電車やバスに乗ってある場所まで行こうとするときも同様で、駅や停留所まで歩き、乗り物で移動、降りて歩いて目的地まで向かいます。

自転車などで駅や停留所に向かうときでさえ、自転車のある場所まで少なからず歩くことになるし、駅や停留所の目の前のビルが目的地であっても当然歩くことになります。

 

このように、私たちの生活において「歩く」という行為は切っても切れないものなのです。

 

歩くか歩かされるか

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あるとき、SNSにてフォロワーさんの投稿に、私はハッとさせられました。

それは、私の考えや感じ方では到底及ばないもので、そのフォロワーさんの投稿がなければ、きっと気づかないまま過ごしていたことでしょう。

その投稿の内容はもちろん、その着眼点もとても新鮮で、私にとって考えるきっかけとなりました。

 

その投稿は次の通りです。

しゃきしゃき歩く人は時間のスピードで歩いていて、ゆっくり歩く人は自分のスピードで歩いてる。自分が時間に操られてるかどうかわかる。 

私はこの投稿を見たとき、大きく唸ったのを覚えています。

それは「なるほど!確かに!」という思いと「そんなこと考えたことがなかった」という思いがない交ぜになってのことでした。

 

投稿者は、歩く速さがその人の時間への考え方を表しているということに気づき言及したのです。

言い換えれば、歩く速さによって時間に制約を受けているかどうか、私なりに解釈すれば、歩く速さで「自分で歩いているか」「歩かされているか」がわかるということになるでしょう。

 

もちろん、その部分だけを切り取って「あの人はこうだ」ということはできません。

誰でも急いでいるときは速足になるものです。

 

いろいろな場面が想定できますが、例えば「電車やバスに乗り遅れるかもしれない」と思うと自然にそうなりますよね。

また仕事中、出先から会社に戻ってやるべき仕事があるときなどもそうかもしれません。

それはおそらく、「何時までに」という時間の制約がある場合が多いのではないでしょうか。

(例外的にトイレに行きたくて先を急ぐこともありますが)

反対に、心地よく晴れた公園やショッピングモールなどでは自然とゆっくり歩いていませんか?

 

どちらも「歩く」という同じ行為ではあるものの、時間に操作されているかどうかでその行為の意味合いは変わってきます。

ゆっくりと歩いていれば、あまり時間に縛られず自分のペースで歩いている、つまり自らの意思で歩いている状態

反対に、速足で歩いていれば時間に操作されている、つまり時間に歩かされている状態だと言えるのではないでしょうか。

 

余裕のない私

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私自身はどうかと問われれば、速足で歩くことが圧倒的に多いような気がします。

駅で、街中で、私はいつも速足で歩いていたかもしれません。

特に先を急いでいないときでも、どこか気持ちだけが焦ってしまい、結果として速足になっていたのでしょう。

そう言われれば、周りの人から「歩くのが速いね」と何度も言われたことを思い出しました。

 

私は地方都市に住んでいます。

かつてはひとり旅で全国各地を訪れました。

東京や大阪、博多なども何度も訪れました。

「大都市にいる人たちは歩くのが速い」と当時よく耳にしていたものの、いざ街を訪れると私の方が歩くのが速かったということも多々ありました。

特に先を急いでいた訳でもないのに、です。

それは、ただ自分の心の中にある焦りがそうさせたのだろうと、今になって感じるのです。

 

心の中の焦り、つまり余裕のなさです。

「見慣れぬ土地で何かあったらどうしよう」という不安もその中にはあったのでしょう。

それぞれの街でよい思い出はありますが、もう少しゆっくり歩くことができれば、もっと楽しめたのかもしれません。

 

ゆっくり歩いてみませんか?

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あなたは普段の生活の中で、誰かから「歩くのが速い」と言われたことはありませんか?

どの分野の仕事においても作業の効率化が求められ、仕事中の移動はつい速足に…という方もいるでしょう。

それは、あなたがひたむきに仕事に取り組んでいる証しです。

そして、私も常にそういう姿勢でありたいと思っています。

 

「特に何も言われたことがない」もしくは「遅い」と言われる方もいるでしょう。

それは、自分のペースを維持しつつ仕事や生活をしているということです。

そこには、少なからず「心的な余裕」があるのではないでしょうか。

私に欠けている部分でもあるため、見習わなければならない点だと感じます。

 

仕事や勉強、家事や育児など、私たちにはやることがたくさんあります。

けれど、時間は限られています。

その中で気持ちが急いてしまい、速足になってしまうことは仕方のないことです。

 

ただ、ONがOFFになったとき、少し時間ができたとき、ちょっとだけ歩くスピードを落としてみませんか?

そうすると、いつも通っている見慣れた道でも、四季の移り変わりや道端の植え込みなどのちょっとした変化に気づきませんか?

同じような日々の繰り返しでも、ちょっとだけゆっくり歩いてみることで生活に張りが出てくるのかもしれません。

 

 

最後までご覧いただきありがとうございます。

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