双極性naoの「てにをは」

双極性障害のnaoが伝える、ことばの力と闘病の記録。

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会話と話〜マシンガントークはコミュニケーションと言えるのか〜

みずたまなおです。

こんにちは。

 

今回は、会話のお話です。

どうぞ最後までお付き合いくださいませ。

 

【目 次】

 

 

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会話していますか?

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みなさん、話をしていますか?

もしかしたら、愚問と思われる方もいるかもしれません。

 

ではみなさん、会話はしていますか?

 

「話していますか?」と尋ねると、ほとんどの方の答えはイエスでしょう。

それは家族や友人・知人、会社の同僚や取引先の担当者、学校の先生やクラスメイトなど…。

私たちは、何気なく日々を過ごし、その中で実にさまざまな人たちと関わりを持ちながら生活しています。

そして、その人たちと「話」をするのです。

 

では、あなたが想像している「話」は「会話」と言えますか?

 

私があなたに「おはよう」と言います。

あなたはきっと、私に「おはよう」と返してくれるはずです。(返してくれることを願っています!)

このとき既に、あなたと私は会話をしていることになります。

 

「話」と「会話」の違い

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「話」と「会話」は、似ているようで少し違います。

 

この二つの決定的な違いは、複数人でできるかどうかだと考えています。

複数人でできる方が「会話」です。

もう少し両者の違いを挙げるとすれば、会話の中の人たちが対等(もしくはそれに近い)ことが条件なのではないでしょうか。

 

私は、それ以外は全て「話」と考えています。

例えば授業中、先生は生徒に話します。

ときどき生徒に発言を求めても、授業の時間中のほとんどは先生が話します。

 

例えば、上司と部下の関係。

上司「この資料、今週中にまとめておいて」

部下「はい」

この場合、力関係としては上司の方が上なので、対等(もしくはそれに近い)という関係性から「会話」というのは少々違和感を覚えます。

 

先ほどの例でもう一度見てみると、

私「おはよう」

あなた「おはよう」

これで十分に会話として成立しているのです。

 

ではこの場合はどうでしょうか。

私「おはよう」

あなた「・・・」

会話としては成立していないですよね。

 

私の尺度で考えれば、この場合、私があなたに話しかけたということになります。

私があなたに一方的に話しかけただけ、ということなのです。

 

「話」の例をもう少しご紹介します。

(ご想像ください・・・)

彼女が彼氏にネイルのことについて、何やら説明しています。

彼女「みてみて!めっちゃ可愛くない?私の友達が紹介してくれたネイルサロンなんだけど、『紹介だから』って2000円でやってもらったんだよ!」

彼氏「(テレビを観ながら横になって)・・・へー。」

彼女「これ、ジェルネイルだから2週間ぐらい持つし。あ、ほら、見て!この左手の区薬指と小指の小花柄、きれいでしょ!」

彼氏「(テレビを観ながら横になって)・・・あぁ。」

彼女「このベースの色と柄が合ってて、すっごいきれい!ほら!・・・」

 

この場合、彼氏は相づちを打っており、無視はしていません。

ただ、これはなかなか会話とは言えないのではないでしょうか。

先ほどご紹介したように、会話の中の人たちが対等(もしくはそれに近い)状態ではありません。

これは、彼氏が適当な相づちを打っていることで、結果として彼女が彼氏に一方的に話をしていることから「会話」とは言えないでしょう。

 

もし彼氏が「ネイルサロンってどこにあるの?」とか「2000円って安いの?」とか、拡がりを持たせる返しをしていれば、彼女の一方的な「話」は、一転して「会話」に変わるのです。

 

会話のケーススタディ

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複数人がいるとき、私たちは「会話」をすることができます。

2人でなくても、3人でもそれ以上でも会話は可能です。

 

ここでは、3人のときを例にお伝えします。

 

<ケース1>

A「今日はいい天気だねー」

B「うん、どこか行きたくなる!」

C「じゃあ、○○公園行ってみようよ!」

 

この場合、3人がそれぞれ平等に話に加わっていて、しっかり3人の会話になっています。

 

<ケース2>

A「今日はいい天気だねー」

B「うん、どこか行きたくなる!」

A「じゃあ、○○公園行ってみようよ!」

 

ここにはCさんもいます。

その場に3人いるけれど、AさんとBさんの二人だけの会話になっています。

 

<ケース3>

A「今日はいい天気だねー」

B「うん、どこか行きたくなる!」

C「そうだね。じゃ・・・」(被せ気味にA)

A「そうだ!それじゃあ、○○公園行ってみようよ!」

 

この場合はどうでしょうか。

A,B,Cそれぞれが発言しています。

ですが、果たしてこれは3人の会話と言えるでしょうか?

 

会話は一人ではできない

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「会話はコミュニケーション」とよく言われます。

こちらが話し、相手も話す。

それは簡単なようで、案外難しいことなのかもしれません。

 

家族や友人、恋人などは、自然に対等な関係で付き合うことができるため、会話をすることは自然にできているでしょう。

 

上司と部下なら、対等とまではいかないまでも、部下の目線まで下がって話しかける。

それはすぐにできることではないですが、そうすることで、部下も上司に対して話しやすくなり、会話が生まれやすくなるのではないでしょうか。

 

これはあくまでも私の考えです。

常に上司!部下!という関係性よりも、ときどき上司が部下の目線まで下がって来てくれる上司の方が、憧れますし、「この上司についていきたい」と思います。

 

それは何だか、大人がしゃがんで幼児の目線に合わせて話しかける行為と似ています。

またそれは、相手を尊重することにも繋がるのかもしれません。

 

あなたは、いつも自分のことばかり話していませんか?

反対に、いつも自分を後回しにして黙ってばかりいませんか?

 

「会話」は一人ではできません。

話してばかりでも、聴いてばかりでも成り立ちません。

 

ここで一度立ち止まって、相手を尊重する姿勢で会話をしてみませんか?

 

「会話はコミュニケーション」といわれる所以は、そこにあるのかもしれません。

 

 

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