双極性naoの「てにをは」

双極性障害のnaoが伝える、ことばの力と闘病の記録。

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気分の波に疲れた?マイナスに考えてしまいそうになったら

みずたまなおです。

こんにちは。

 

今回は、対(つい)についてのお話です。

どうぞ最後までお付き合いくださいませ。

 

酒と泪と男と女

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【目 次】

  

そもそも「対(つい)」って?

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そもそも「対」って何なんでしょう?

2つで1セット、ということは何となくお分かりでしょうか。

具体的な例を考えると、手袋…とか?

上下とか?左右とか?

どうやらいろいろありそうです。

 

「対」の意味を辞書で調べてみましょう。

  1. 対照をなすこと。また、反対の関係にあること。「男の対は女」
  2. 互いに相手関係にあること。「巨人対中日戦」
  3. 数を表す語の間に入れて、数量の比例・割合を表す語。「三対二の割合で混ぜる」
  4. 同等の力量・資格であること。「対で碁を打つ」
  5. 二つで一組となるもの。つい。(以上出典:コトバンク)

確かに、2つで1セットが原則のようです。

先ほど挙げた例でいえば、上下・左右は1に、手袋は5にそれぞれ当てはまりそうです。

 

「対」を使った熟語を考えてみると、対照、対象、対決、対義語などなど。

それらの意味は、やはり2つで1セットですよね。

 

反対の関係にある「対」

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辞書の意味の1番には、「対照をなすこと、反対の関係にあること」とありました。

考えてみると、先ほどの挙げた上下、左右、辞書の例にあった男女の他にも非常に多くの「対」があります。

 

北と南、東と西、夏と冬、高と低、天と地、月と太陽、白と黒、S極とN極、過去と未来、大人と子供、本人と他人、夢と現実、生と死などなど。

きっとあなたなら、もっとたくさんの例を挙げられるかもしれません。

語彙の少ない私は今のところこれくらいしか思い浮かびません。

 

では、これはどうですか?

躁とうつ。

双極性障害にみられる気分の上がり下がりのことです。

 

躁のときには気分が高揚し活動的になり、うつのときには気分が落ち込んで動けない。

もちろん細かい症状には個人差がありますが、簡単に言えばこのような説明になるのではないでしょうか。

 

双極性障害は気分障害の一種で、通常の人よりも気分の波が大きく、感情をなかなかコントロールできないことが厄介なところです。

私もこの病気を持つひとりです。

 

これは私だけかもしれませんが、「躁とうつ」と聞くと、どうしてもマイナスなイメージを抱いてしまいます。

それはすなわち、「病気である」と捉えてしまうからです。

「躁とうつ」と聞いて、あなたはどんなイメージを持つでしょうか?

 

躁・うつをマイナスに考えてしまいそうになったら

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「そんなこと言ったって、病気なのは事実だし、病気をプラスに考えることなんてできないよ…」

そうですよね…私も同意見です。

 

なら、マイナスを一気にプラスに変えるのではなく、せめてプラスマイナス0、ニュートラルに近い状態にしてみませんか?

 

「躁とうつ」は紛れもなく対極にあることばです。

双極性障害を患っていること、それはいわば「対極にあるものの両方を知っている」ということなのです。

気分がよく活動的な「躁」、落ち込んで動けなくなる「うつ」。

これは、この病気と闘っている人以外は決して知ることのできない世界なのです。

 

どちらが欠けても、対は成立しません。

男性と女性、過去と未来、大人と子供など、必ず2つで1セットなのです。

それらは対ではあるけれど、完全に別物ではありません。

 

例えば、女性的な男性や男性的な女性、いらっしゃいますよね。

10年前、5年前、1年前の過去。1年後、5年後、10年後の未来。

0歳、10歳の子供。20歳、30歳と続く大人。

 

対のように見えていても、実際はグラデーションのようになっていて、混ざりあっている部分が存在します。

例えば思春期は、ちょうど大人と子供が混ざりあった時期だと思うと分かりやすいかもしれません。

 

双極性障害は大きな気分の変動に翻弄されてしまう病気です。

気分の波が高いときも低いときも、両極を知っているからこそ、分かることも多くあるのではないでしょうか。

だからこそ「躁」でも「うつ」でもない、何気なく過ごせる時間の大切さを、私たちは知っているのかもしれません。

 

漫画家・絵本作家の小泉吉宏さんの言葉をご紹介しておしまいといたします。

両極性が溶け合っているものの見方を知れば人生の全体を味わうことができるだろう

小泉吉宏(2006)『ブタのふところ』メディアファクトリー

 

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